私の思い

(日本応用数理学会論文誌、巻頭言より)

大学では、機械工学の研究教育の一環として有限要素法(FEM)解析ソフトウェアを用いた研究指導を行なっている.学生にとってFEM解析ソフトウェアを扱うことは容易なことではない.しかしながら、コンピュータと格闘した延長上に、本物らしく変形や応力をグラフィック表示した結果が得られるためか、作業としての手応えや達成感は非常にあるようで、それなりに一所懸命に取り組む者は多い.それならばとソフトウェアの中身の理解度合を確認すべく、その基盤となっている力学や数値解析の知識を問うてみると驚くほど分かっていない場合があり、呆れるやら、関連講義を担当する立場からは反省するやらでまさに汗顔のいたりである.

私自身は学生時代以来、FEM解析ソフトウェアによる解析あるいは開発などを一貫して続けてきた.現在まで愚直にもこれ一筋でやってこられたのは、学生時代に実施した振動実験の結果と、最初に自作したFEM振動解析プログラムによる結果とが良く一致したときの感動を今もって忘れられないからかもしれない.その後、企業におけるFEM解析ソフトウェアに関する業務を通じて、連続体力学や数値解析法について習熟することができた.もちろんその過程は、入力データミスや認識不足による解析の失敗を皮切りに、実験結果を数値解析で説明できずに解析モデルの限界を悟り、納期に追われ、デバック作業に苦悶し、砂を噛むような思いで他人の書いたスパゲッティープログラムの改修作業をしたことなども幾たびに及び、決して平坦なことばかりではなかったが.

最近では、設計用CADから直接応力解析できるようなシステムも登場し、実務で使われる場合も多いようだ.このようなシステムにおいてはFEM解析ソフトウェア本体のみならず、解析に用いられる入力データさえも隠蔽され、ユーザが意識しなくて済むようになっている. 本来、FEM入力の解析データそのものにも解析技術者のノウハウや心が見え隠れするものなのに、いよいよFEMの実体が見えなくなりつつある.

また、大学などでFEMや材料力学の専門教育を受けることなく、入社後いきなりFEM解析ソフトウェアを用いる者も格段に増えてきたと聞く.使ってから勉強するか、勉強してから使うか.昨今は圧倒的に前者の方が多く、そのような状況をサポートすべく認定制度も整備されているようだが、いずれにせよ、まずはFEM解析ソフトウェアを構成する基本技術の会得に努めることが第一義であろう.

経験から言えば、解析理論から出発し、プログラムを作成し、実験結果や理論解との比較まで通して自力でできるようになることが順当であり望ましいと考える.FEM解析プログラムには、力学や数理工学の成果が詰まっているわけだが、通常、商用ソフトウェアを使っている限りその内実は見えない.ソフトウェアのソースを積極的に公開するなどして、計算アルゴリズムを利用者に見通せるような仕組みが可能ならば、数理工学の醍醐味を一層深めさせられるであろう.このあたりを何とかするために、教育の現場で、微力ながらも日々試行錯誤している.さまざまな分野での解析技術者が、日夜技術向上のモチベーションを抱き、数理工学に深い興味を持ち続けていくことを熱望しながら.

Profile


上智大学 理工学部
機能創造理工学科 教授

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